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若山牧水歌碑

ふっちょの独り言〜★★★☆☆〜
牧水の足跡を偲ぶ

歌碑については、若山牧水が、早稲田大学の学生であった明治40年7月の夏休みに郷里宮崎県への帰途、岡山・高梨・新見・宮島・山口と中国を旅しているときに、峠の茶屋『熊谷屋』に泊まり、そのときに、
幾山河こえさりゆかばさびしさの はてなむ国ぞけふも旅ゆく
という歌をうたったことを記念して、昭和39年11月23日に碑を建立、牧水の碑としては全国で42番目。
その碑を建立したときに、牧水夫人が、
あくがれの旅路のゆきつ此処にやどり この石文のうたは残し
うつそ身の老のかなしさうらめしさ ただ居つ起ちつ志のぶばかりぞ

という2首の歌(昭和49年11月3日に建立)と、息子・旅人が、夫人碑建立の除幕式のときに献じた歌、
若くしておきにし夫のかたはらに 永久の睦みをよろこばむ母は
という父・母・子の3つの歌碑が並ぶ。このように3人の歌碑が並ぶのは、この場所が初めてということである。
この熊谷屋は、備後と備中の警備をしていた浅野藩の御番所があった二本松のすぐ近くであったので、良い休憩所であった、ということであった。しかし、熊谷屋は新しすぎ。ふつうの公民館みたいだった・・・。
二本松は昔の警備の象徴ですね。ここが門柵だったのかぁ、というものが復元されていました。牧水の足跡に思いをはせるのもいいかもしれませんよ。今、この周辺は散策できるような公園として整備中(もしくはあれで整備終わりかな・・・。)
若山牧水歌碑
若山牧水歌碑
親子三人歌碑
親子3人の歌碑
牧水が宿泊した熊谷屋の復元家屋
熊谷屋
御番所の門柵跡地
旧関所跡
御番所の目印となる松(二本松峠あと)
関所『二本松峠の松』

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